アイヌと、日本における文化盗用のこと

文化盗用問題って、日本人に理解しにくいテーマだなーと思ってたんだけど、最近アイヌ紋様浴衣の話題を読んで、ちょっととっかかりが見えてきた。
でも自分のアイデンティティとしての「日本人」に被支配の記憶がないから、if歴史で置き換えて考えてみた。(例を韓国にしたのは隣国だからであり、韓国のことは好きです)
【追記:実際にあったアイヌ差別や同化政策を、そのまま日本人(和人)⇒韓国人、アイヌ⇒日本人に置き換えたという意味でのif歴史です。】

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韓国は日本を植民地にしたかった。日本国土の海域までを韓国のものとしたかった。
韓国は近隣諸国に対し「日本にずっと住んでるのは韓国人であり、日本国土は韓国領だ」と主張した。それでとりあえず近隣諸国をはねのけた。
日本人には日本人独自の言葉や文化があったが、それでは困るので、日本人を韓国人にしようとした。

鈴木さん・佐藤さん・田中さんは、ある日から李さん・金さん・朴さんと名乗らなければならなくなった。和服ではなく韓服を着ることを強いられた。
当然韓国人は日本人が自分達と違うことを知っているので、日本人を韓国人と同等には扱わなかった。 勝手に日本人の住む土地へやってきて、そこを韓国人の土地とした。
日本語で抗議しても韓国人には通じず、どんどん自分達の権利が剥奪されてしまうので、日本人は仕方なく韓国語を覚えた。
衣食住冠婚葬祭について日本式から韓国式に変えなければならなかった。そのような支配が長年続いた。

年が経つにつれ、教育や混血等もあり、日本国土に住む人達の「日本人」というアイデンティティーは徐々に韓国人と同化していき、法的には完全な韓国人になった。しかし「日本人の血筋である」「韓国人であり日本人である」「私のアイデンティティは日本にある」という人々も残っており、また、韓国人が日本にルーツのある人を差別するという問題もあった。

90年代から00年代にかけての社会では、過去に韓国人が日本人に行ってきた同化政策や差別問題について改めて認識され、「日本人」という固有の文化を持つエスニックグループがいた(いる)ことが社会的に認められる。しかしその頃には日本文化はほとんど失われていた。

2018年、韓国人デザイナーが和服の柄を美しいと感じ、韓服に和柄をデザインして売ってみようと思い立った。そこで別の韓国人から待ったが掛かる。我々が奪った文化の紋様を、我々の文化の伝統衣装に飾って良いのか、と。

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うん、何もおかしくないな。
やっぱり支配した側も、支配した側として当事者なんだよ。一旦待ったを掛ける、何が正しいか考えてみる、ということは誠実な姿勢ではないか。
今回の呉服屋さんも、また改めて挑戦すればいいし。例えば「一旦は中止しましたが、私はアイヌ文化を尊重した上で、それを後世に伝えたい。アイヌの文化・歴史について再度調べ、アイヌアイデンティティを持つ複数人にヒアリングし、これこれこういう形でなら商品としてお出しできると考えました」、とかしてさ。

もし、「こういった問題に許可を与え得る正統アイヌを誰も名乗れない」から「当事者はもういない」となったら、それこそ日本人全員が当事者となる。つまり、自分達の文化がかつて奪って/飲み込んでしまった文化をどう扱うかということ。あるいは自分の祖先がかつて持っていた文化を、少しでも資料が残っている今のうちにどう保存していきたいか、ということを当事者として考える。それでいいんだと思う。
実際もうほぼ今がその段階だから、全員当事者だし、発言権あると思います。