聖書とか神話って、だいたい男が考えて男が伝承してきたものだよね

聖書とか、神話って、だいたい男が考えて男が伝承していったよね、という仮説の殴り書き。

①男「男は女から生まれてくるが、なんとかして女に先立ちたい。だから原初は男の一部から女が生まれたことにしよう。」→『神がまず男を作り、男の一部から女を作る。あるいは男が女を作る。』(ユダヤイスラム、キリスト、ヒンドゥーにおける「はじまりの男女」の物語)
……これが根本的に無理筋。男も女も女体から産まれてくるという圧倒的現実への対抗として捻り出されたお話がこれ。いじらしさすら感じる。

②男「女とヤりたいけど、俺の中にその感情が生まれたのは、先に女が誘惑したからだ。女が誘惑しなければ平和に暮らせていたはずだ。最初に女が男を誘惑するのがいけないんだ。」→『女が神に禁じられた行為をして、更に男を誘惑したため、二人とも楽園を追放される』(アダムとイブ)
……男が女に勝手に欲情したのを、「女がエロいから」「女が誘ったから」ことにしてるだけ。うまく処理することのできなかった感情や行動の原因を他者に転嫁している。それがなぜか、人間の原罪は女の愚かさによって引き起こされたことになっている。
この世に言葉と文字が生まれた当時も、男が女の身体をじろじろ見たり言及したり触ったりしたんだろうなぁ…。当然それを女が拒んだり非難したりするから、「お前らが悪いんやぞ!」って言うためのお話を作ったんだなぁ…。ここ最近の痴漢の話題を思い出すな。

③男「いや、女も生まれた時は男と同様に純粋だったかもしれない。だけど悪い男女に色々吹き込まれて、誘惑に負けてしまうんだろう。だから、悪い女や、俺以外の男を悪魔に設定しとこう。」→『悪がまず女を唆し、女はその誘惑に負けて罪を犯した』(サタン、蛇とイブ)
……「俺は悪くない」のための装置でしかない。神話における最初の人間(男性格)は、要するに書き手・読み手の男が自己を重ねる存在。悪または罪(誘惑)の伝播が蛇→イブ→アダムの構造になっているバージョンでは、「人間」に原罪があると見せかけて実は「俺」の罪(罪責)が一番薄まっている。狡い。

④男「男と対等な立場を望むような女はムカつくから、なんとかして悪魔設定にしよう」→『最初の男女は同時に作られたので、女は男と対等であることを望んだ。しかしそれが叶わないので男のもとを離れた。女は、男の元へ戻らないなら子を殺すと天使に脅されたが、戻らず、子を苦しめる悪魔となった』(リリスの伝承)
……リリスの伝承は色々と混じってるし突っ込みどころ多いんだけど、男女対等を認めないのも、配偶者を脅す/操る/復讐するために「自分の」子を殺すというのも、まぁ女から出てくる発想ではない。
女親の実子殺しはもちろん現実に無いわけではないけど、女も子供も全部object扱いの、交渉材料としての子殺しは女の視点じゃないだろうね。

⑤男「なんかすごい奴がいるから祭り上げたいんだけど、そいつの父親が誰かわからないから母親は処女で生まれたことにしよう」→『マリア、処女懐妊』
……処女懐妊エピは未婚の子、不義の子、または娼婦の子というのを誤魔化すためと言われてるけど。
女体持ちは直観としてこの発想しないような。出産に至るとすれば、相手ありきだし、性交→妊娠→出産は全て自分の身体で・自分の経験として起こる出来事だし。
だいたい「奇蹟」が起こるなら、ヨセフが身籠っても良かったよね。荒唐無稽度合いは変わらんでしょ。

⑥あとはイザナミイザナギ
この男女の神は同時に生まれるんだけど、まず女 (神)が男(神)を誘って交わると障害児が産まれて、逆に男が女を誘うと健常児が産まれる。(障害のある子は海に流す…。)
障害をそういう扱いにするのもアレだし、「女が誘うのが悪い(被害者視点)」と「女から誘うのはよくない(支配者視点)」があるんだなぁ~と、感慨深い絶望を感じる。
イザナミは子を沢山生んで、最後の子を生んだ時に死ぬんだけど、イザナギはその子を殺す。「お前のせいでイザナミが死んだ!」って、最後に生まれた自分の息子を殺すんだよ、やばいよね。
イザナギイザナミのことが忘れられなくて、黄泉の国(あの世)に探しに行く。二人は再会するんだけど、醜く腐ったイザナミを見てイザナギは逃げる。これがもうよくわからない。
本当に愛した人、死んでも会いたい人に再会できたなら、腐ってたって側にいたいと思うのでは?
そんで逃げたイザナギに対して、イザナミは毎日1000人殺すとか言う。イザナギは毎日1500人産むとか言う。
既にイザナギが一人殺してるんだけど。

女は死んで黄泉に閉じ込められ、男一人で子を作り国を作っていく。ちなみにイザナギは最終的に育児放棄しますからね。

うん、確実に男が書いたでしょうこれは。
女側から見たら、
自分がリードした性交時の子は必ず障害があって、沢山子を生んで死んで、子を殺されて、死後の醜い自分を見られて、裏切られて、毎日1000人殺すキラーマシーンになる…なんだそれは…。

怖いのは、国産み・神産みの神話、民族のルーツとしてこれらの話がこの形で現代に残ってるということ。それは時の権力者がこれを遺してきたことを意味する。
「こんなのやばいよなぁ、どーしようもなく馬鹿で自分勝手なストーリーだよなぁ」と感じる有権者が一人でも居たら、近代までに編集・改竄・削除されてるだろうから。

改竄、されてるだろうが、されてこれ。
要するにそういうこと