トランスジェンダーと銭湯やトイレのこと

トランス女性の友人が無くなった、という増田を読んだ。
それ以前に、トランスジェンダーの女性が女子トイレや女湯に入ることの議論をtwitterで目にしていた(それ自体の是非ではなくて、それに対する各人の価値観や主張や考えについての批判など)。たぶん増田が見てたTLと多少は重なってたと思う。これは相当に難しい問題だと感じていたので(絶対誰かを傷つけそうで何も発言出来なかった)、自分としての今の考えをまとめてみた。

※前半は自分で調べて理解した情報と解釈をまとめています。私は医学関係者でもなければ何らかの専門家でもないので、明確に間違っている点があればコメントやブクマでご指摘ください。またこの文章には何らかの属性や人を攻撃する意図はありません。私は全ての差別に反対します。
※「男体持ち」「女体持ち」という言葉は個人的に「生物学上の男/女」というよりもしっくりくるので使用していますが、他に適切な表現があれば教えてください。

【定義】
まず"トランスジェンダー"とは何か?辞書的には下記のような人のことを指す。(抜粋)

"性同一性障害者のうち、解剖学上の性とは逆の性で社会生活を行うが外科的手術までは望まない人。"-大辞林

"性別違和をもつ人々の総称。性別違和とは,体の性的特徴,出生時の体に基づいて判別された性別や,その役割に課される性役割,性別表現など,すなわちジェンダーへの違和感である。トランスジェンダーには,他方の性別への一致感がある人とない人がおり,また違和感が持続的な人と,そうでない人がいる。"-ブリタニカ国際大百科辞典

"トランスジェンダーは、ある人の「割り当てられた性」 (身体的特徴ないし遺伝子上の性に基づく男性か女性かの他人による識別) とは違う「性同一性」 (女か男か、あるいはそのどちらでもないか) の状態にある。"
"トランスジェンダーであることは、特定の性的指向を有していることを必要条件としない。すなわち、トランスジェンダーの人々は異性愛者であったり、同性愛者、両性愛者、全性愛者あるいは無性愛者であったりする可能性がある。トランスジェンダーの正確な定義は不断の変化を続けている"-wikipedia

いくつかの解説をあたったところ、性同一性障害者の中にトランスジェンダー(以下トランス)が含まれるという説明もあれば、その逆集合で説明している記事もあった。

なおトランスには"エックスジェンダー"という概念も含まれる。
Xジェンダー(X-gender)とは、出生時に割り当てられた女性・男性の性別のいずれでもないという性別の立場をとる人々を指す。両方を区分する限りでは、中性、無性、両性、性別という枠組みから脱する、女性か男性か定まりきらない流動的であるというあり方など人により様々である。"-wikipedia

また、トランスではない人のことはシスジェンダーと呼ばれる。
"シスジェンダー(Cisgender)とは生まれた時に診断された身体的性別と自分の性同一性が一致し、それに従って生きる人のことをさす。"-wikipedia

これらをまとめると、
①性別違和をもつ人々の総称。
性的指向における定義は無い。
このニ点は少なくとも全ての人が共有できるトランスの定義だろう。

そうなると、おそらく下記のような人達は全てトランスに当てはまる。
性自認と性指向の区分】
1.男の体を持って生まれたが、性自認は女である。
 1-1.男性のみが恋愛対象である。
  1-1-1.男の体を持っている人が恋愛対象である。
  1-1-2.男性の自認を持っている人が恋愛対象である。
 1-2.女性のみが恋愛対象である。
  1-2-1.女の体を持っている人が恋愛対象である。
  1-2-2.女性の自認を持っている人が恋愛対象である。
 1-3.男女いずれも恋愛対象である。または全ての性が恋愛対象になりうる。
 1-4.男女いずれも恋愛対象ではない。(恋愛/性愛的に惹かれる性がない)
 1-5.恋愛対象はわからない、明確ではない。
2.男の体を持って生まれたが、男であることに違和感があり、かといって女であるかというとそれも違和感がある。
 (以下1-1〜1-5と同様)
3.女の体を持って生まれたが、性自認は男である。
 (以下1-1〜1-5と同様)
4.女の体を持って生まれたが、女であることに違和感があり、かといって男であるかというとそれも違和感がある。
 (以下1-1〜1-5と同様)

恋愛/性愛対象については、かつては異性愛者だったが明確に自認した後は同性にしか惹かれなくなったという人もいれば、完全に個別具体的に「その人だから」惹かれるのであって、今後異性/同性に性的に惹かれるかどうかはわからない、という人もいる。

上記に加えて【性転換手術】に関する区分のグラデーションもある。
・全身の性転換手術をしている/するつもりである。
・上半身の手術はしている/するつもりでいるが、下半身の手術はしていない/しないつもりである。 
・上記の逆。
・性転換手術をしていない/しないつもりである。

加えて、【外見部分(肉体以外)】についても色々なスタンスがある。
・いわゆる女らしい服を着たい。美容室では女性用のヘアカタログを見たい。
・いわゆる男らしい服を着たい。女に見えるような服は着たくない。
ユニセックスまたは無性的な服を着たい。
・気分で使い分けたい。
・したい格好ができている。
・したい格好ができていない(恥ずかしい、似合わない、サイズがみつからない、笑われるのが怖い、等の理由)。
・ヘアメイクをしたい。
・最低限の身だしなみだけしてヘアメイクはしたくない。

このように【性自認】【性指向】【性転換手術】【服装】等の切り口で見ても、多種多様なトランスがいることがわかる。

また、これらを前提として下記のことが言える。
①トランスの人の性指向・恋愛の対象・性的に惹かれる性というのは定義が無いため、全ての可能性が有り得る。
LGBTのうちのLGB:つまりレズビアン、ゲイ、バイセクシャルの人は、同時にT:トランスジェンダーであることもあれば、そうでない=シスであることもある。
③身体の性と異なる服装を好む人(トランスヴェスタイトクロスドレッサー等と呼ばれる)は、それだけではトランスに含まれない。例えば性自認も身体的にも男性の人がフリルのついたスカートを履いていても、トランスではない。
トランスジェンダーの中には当然フェミニストもミソジニストもミサンドリストもいる。シスと全く同じ。トランスはジェンダーの一分類なだけで、思想や主張やスタンスは定義されない。

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次に、
浴場や脱衣所、更衣室、トイレ等がなぜ男女で分かれるのか?ということを考えたい。これには沢山の理由があるだろう。恥の感覚、文化、教育、合理性、性犯罪抑止など。確実に言えることは、そうなっている理由は一つではないということ、それから人によって考え方や感じ方が異なるということだ。

なのであくまでも私の考えを述べると、それが分かれているのは女性(女体を持つ人)を守るために有用である、と思う。
①ほとんどの女性が痴漢やセクハラや性犯罪被害に遭った経験がある。あるいは身近な女性が被害に遭ったことを聞いたことがある。すなわち女性(シス/トランス問わず女体持ち及び外見が他者から見て女性な人)にとって日常生活において無視できない確率で性犯罪者が存在している。また性犯罪を犯す男性とそうでない男性を区別することが不可能である。
②男性の身体は、少なくとも高校生くらいになればほとんどが女性の身体よりも大きい。例え同じくらいの体格でも、筋力は男性の方が強い。
③一般的に異性愛者の男性は、女性の身体のプライベートゾーン(水着で隠れる範囲/公衆の面前で晒してはいけないとされている範囲)に特に性的に興奮するものとされている。
以上のことから、プライベートゾーンを晒す状況の時、その空間に少なくとも女体持ちの人しかいないというのは、女体持ちにとって安心や安全の担保になるのだ。

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じゃあトランスはどうしたらいいのか?また社会はトランスをどう扱うべきなのか?
間違いなくこれからの世界では、多様性が認められるべきで、一人一人が平等な権利と機会を得られるべきで、誰も差別されてはならず差別してはいけない、という理想があって、日本社会もその方向に進んでいかねばならないと思う。
この問題における、その方向、ってなんだろうか。

少なくともトランス女性は間違いなく女性で、トランス男性はれっきとした男性だ。そこに当てはまらないトランスジェンダーの人も、その自認が社会に認められるべきだ。

ただ現状の浴場や多くのトイレは、「男女」ではなく「男体と女体」で区別、運営されてきたというのが正確だと思う。なので、、

銭湯や温泉では、壁区切りまたは時間区切りはいかがだろうか。
壁区切り→女湯/男湯ののれんの奥に、さらにトランス用とシス用の区切りがある。
時間区切り→トランス女性・シス女性・トランス男性・シス男性で、時間帯を区切ってそれぞれ交互に入る。トランスで性自認が曖昧な人、定まってない人は、身体の性に合わせて選択する。

トイレはだれでもトイレをもっとガンガン増やして、上下空きの扉にして、今までの男女トイレは縮小して、全ての洗面スペースに監視カメラを設置する。変な動き(ドア上下からの覗き等(ままある))を感知したらアラームが鳴るようにするとか。
最初お金と手間は掛かるけど、お金に関してはもう商業施設なんかのトイレは全部有料でいいと思う。有料って言っても数円〜数十円で。

これで結構平等じゃないかな?
トランスで、完全に異性として社会生活を送っていてどうしてもトランスであることがバレたくないっていう人ももちろんいると思うんだけど、そういう人が銭湯に行くケースの正解が難しかった。
みんなで考えてみませんか。前澤さんこれのためにお金補助してくれないかな。。

少年誌の「お色気枠」と、壁尻の展示について

ジャンプフェスタ2019の、アニプレックスという企業のブースで、『ゆらぎ荘の幽奈さん』という漫画のヒロインのお尻が展示されるという出来事があった。
この展示では、「等身大のお尻」が壁から突き出ていて、そのパネルには「撮影可能です」「楽しみ方はあなた次第!!」「優しく触ってね!」という文言が掲げられている。
幽奈さんというのは幽霊であって、この展示は作中の「頭隠して尻隠さず」というシーンを再現していて、幽奈さんのおっちょこちょいな性格を表現しているシーンらしい。

私はこの展示に問題があると考えている。少なくともジャンプフェスタで行うべきでなかったという主張をしたい。

まず『ゆらぎ荘の幽奈さん』は、週間少年ジャンプで連載中の、幽霊×温泉ドタバタラブコメディーである。
前提としてヒロインの幽奈さんというのは、
・女子高生の地縛霊
・享年16歳
・「愛想がよく礼儀正しい性格で、初対面の相手ともすぐに打ち解けることができる」が、「 不可抗力でコガラシに裸身を見られたり触られるとパニックに陥る」というキャラクターである。

【問題点①】
彼女は高校生で、16歳であるということ。
幽奈さんは幽霊ではあるが、実体を持っていないどうこうというのは詭弁であって、16歳の少女というキャラクターであることに変わりはない。
彼女は未成年であり、子供である。ジャンプの対象読者年齢が10代だとして、彼女が主人公の恋愛対象として描かれることに問題は無いが、未成年キャラが「お色気シーン要員」として存在してることは問題ではないだろうか。また彼女の人格、すなわちキャラクターとしての個性を無視して頻繁に乳や尻が描かれているのは、作者やジャンプ編集者が、女性の内面を無視して女体を過剰に性的表象として扱っていることになる。そういった描写が青少年にどのような影響を与えるのかを大人が考えなくてはならないと思う。

【問題点②】
「尻のみ」という切り取り方。
これは作中の1シーンを再現してるのだが、それを立体にして展示する(それを鑑賞し触れて楽しむ)、というのはまた別の問題だ。
この展示の他に全身フィギュアも展示されていて、それもはっきり言って異常性は感じるのだが(無邪気な笑顔に、恐らくノーブラの胸がはだけていて、故意に扇情的に製作されている。繰り返すが彼女は16歳設定である。)、それにしても特定の部位だけを展示するというのは、女性の身体をふざけて扱いすぎだと思う。下着で隠れる部分というのは特にプライベートなゾーンであって、例えば小さい子には「下着で隠れる部分は他の人に触らせてはいけないし、他の人のプライベートゾーンも触ってはいけない」と教えるのが普通だ。手を繋いだり頭を撫でたりするのとはまた別の意味合いを持つからだ。ジャンプフェスタは子供をメイン層とした全年齢向けイベントなのだから、やはりこのような展示を置くべきでは無かっただろう。

【問題点③】
「撮影可能です」「楽しみ方はあなた次第!!」「優しく触ってね!」という文言。
この言葉は、誰から誰に向けての言葉なのか、ということだ。
前述の通り、幽奈さんは16歳である。そして「自ら不特定多数の人間にお尻を触らせる」ことを良しとするキャラクターではない。もちろん主人公のコガラシも、それを許容するキャラクターではない。即ち作中のシーンを表現していると言っても、それを展示すること自体がキャラ設定と矛盾しているのだ。
この文言を考えたのは、おそらく「アニプレックスの人間」であり、それは少なくとも「作者」「ジャンプ編集部の人間」「会場の責任者」が許可を出したことが想定される。推測に過ぎないが、おそらく全員が「成人」かつ「日本人」だったのではないだろうか?海外のオタクの反応を鑑みるに、こういった展示を全年齢向けに行うという発想は一部の日本人以外には受け入れられないと思う。
そして想定されている来場者は、ジャンプの読者、即ち少年だ。もちろん老若男女、少女や保護者も来場するのだが。
ということは、いい大人が、少年達に対して、16歳の少女の尻という表象を以てして、彼女のキャラクター(性格)を無視して「撮影可能です」「楽しみ方はあなた次第!!」「優しく触ってね!」と提示しているわけだ。
これはグロテスクと言うほか無い。

【問題点④】
それを公式がTwitterで宣伝してしまうこと。
この件は来場者のツイートから発覚したとかではなくて、アニプレックス公式が、鍵なし垢で、画像つきで、「等身大おしり」を「会場にお越しの方は是非」とツイートしたのだ。画像の中で、そのお尻を触っている手があからさまに女性の手(女性服の袖)であることが非常に姑息なのだが、いずれにしろ「お触り」出来ることを宣伝していた。ちょっとこれは不味いかもしれないからこっそりやろう、とかそんな意識は微塵も無くて、16歳の少女表象の実物大の尻を好き勝手に触れるよ~という展示で客引きする発想しかなかった訳である。

この件についてのまとめを少し読んだのだが、フェミだけが吹き上がってる!的な論調だったので驚いた。どこから話せばいいんだろって感じなんだけど、とりあえず18歳以下を性的表象として表現することはもう止めません?あと、ジャンプフェスタはエロ無しでも客呼べるでしょ?それから、女性の身体は…いや人の身体は、本人だけの物だから、本人の許可無く触っちゃいけないから、それをわかってない人が日本には沢山いるから、こういった展示を全年齢向けにおおっぴらにするのはやめようよ。
宜しく頼むよ。

お色気枠についてもまとめて書こうと思ったんだけど疲れたからまた今度にする。
一応個人的には、少年誌のお色気枠はあっていいと思う。ただ最近のラッキースケベはむしろ不健全かと。転んで女の子の服に顔突っ込んで胸揉んじゃう、みたいなやつ。とらぶるよりふたりエッチの方がまともだよね。性暴力でも小児性愛でもなくて、普通に男女交際からのセックスとかをもっと描けばいいのになって。それが対象読者年齢に対してまだ早いってんなら、普通にビキニ描く程度でいいでしょって。思います。

キズナアイは性的に描かれている

キズナアイの話題を見てイラストを確認してみたけど、あれは明らかに故意に性的に描かれているだろ…。
良いとか悪いとかフェミとかオタクとか女とか男とかはひとまず置いといて、それは認めようよ。

だって三次アイドルの衣装だって、あんな横乳の形がはっきり出るノースリーブなんか無いよ。もし過去に存在したなら画像持ってきてくれ、ひとつでもあったら訂正して謝罪するから。
あ、男性誌や漫画雑誌に載ってるグラビアでなら見たことあるけどさ。ゆるゆるのタンクトップから乳がはみ出てるやつね。

ただ、バーチャルユーチューバーの3Dモデルとしての?キズナアイってそこまで性的ではないよね。というのは、当該イラストのようにはっきり乳房のラインが見えるわけではない。どちらかと言えば初音ミクのようなストンとしたデザイン。
なのになんでイラストになるとあんな風になるんだろう。まぁそれが萌え絵なんだけど。

あれ男に置き換えたら、16歳のキャラクターで全年齢向けイラストなのに、18cmくらい?の男性器の形がズボンの上からでもわかるくらいはっきり描かれて、かつギャランドゥが見えるくらい腰パンしてる状態だよ。

下半身が胸と対応してないというなら胸部でもいいけど、それでもボディビルダー並みに胸筋モリモリの身体で、脇がえぐれたピチピチのヘソ出しタンクトップ着てるようなもんだよ。
16歳設定のキャラクターがさ。

いやその描写いるか?ってなるじゃん。
わかるよ、要るんだよね、それが萌え絵だから。
でもそれが「自然」なのはあくまで萌え絵・オタク文化の文脈だけだからさ。NHKみたいなとこが使うならもうちょっと厳しめにチェックしてほしかったな。
日本はもうそこにどっぷりだから、あのくらいで何で?って思う人が多いんだろうけどね。

「エロは駄目」「キモいから迫害する」なんて誰が言った?

表現の自由問題について、一部のオタク側の反論として "「エッチなのはいけません」「キモいものは迫害していい」「俺/私が不愉快だから規制しろ」 なんて理屈が通ったら~" という持論を展開する馬鹿がいるけどさ、そういう問題じゃないんだよ。
そんな事誰も言ってねぇっていうか、仮にいたとして、そんな短絡的で非理論的な意見は間違ってるし、そんな理屈は通らないよ。確かに。

でも一部のオタクが「エッチなのはいけません」に変換してる意見は、たいがい下記のような意見なんだよ。
・「合意の性行為と性暴力を区別すべきだ」
・「暴力としての性的表現が作中で肯定的に描かれていたり、被害者側がそれを受け入れていたりする表現は、現実社会(読者、視聴者の現実認識)に悪影響を及ぼす」
・「ゆえに暴力性や加害性を含んだ性的表現は慎重に扱う必要があり、少なくともそれが肯定的に描かれているものはゾーニング/レーティングすべきだ」
・「未成年者を性的に扱う表現は、たとえそれが暴力的でなくともゾーニングすべきだ」

それから、「キモいものは迫害していい」「俺/私が不愉快だから規制しろ」 に変換してる元の意見も同じく。
・「人または擬人として描かれたキャラクターが、人間性や尊厳を欠いた性的オブジェクトや加虐オブジェクトとして描写されていると気持ち悪くなる/不愉快だ」
・ 「特に自分が含まれる属性(性別等)がそのように扱われる作品について、それが社会全体に受け入れられているのは不安だ/恐怖を感じる」
・「性的娯楽のための作品/場所ではないのに、不必要に性的に描写されているのは気持ち悪い/不愉快だ」
・「ゆえに万人が見える場所に置かないでくれ、暖簾の奥に置いてくれ」
・「誰からも見える場所に置きたいなら、他者に配慮した表現にしてくれ」

ほとんどの人はさ、こういうことを言ってるんだよ。それなのに何故か知らんぷりする奴、なんなん?「気持ち悪い、怖い、不愉快だ→だから規制しろ」って言ってる奴なんどこにいる? その途中の説明や議論を直視せずすっ飛ばしてるのはどっちだよ。 少なくとも、Twitterで一部のオタクからフェミニストとして認識されてるような人ら(フェミを自称してる人は僅か)は、そこんとこちゃんと何度も説明してるよ。
Twitterの話だけすると観測範囲が~と言われそうだけど、リアル社会で「私が/俺が不愉快だから規制しろ」と言えるのは、むしろ力を持ってる側なんだよ。権力とか、単純な腕力もそうだけど。強い側は別にロジックなんか使わなくても、相手を従わせることが出来るからね。
弱い側は常に理由や根拠を説明して、相手や周囲に理解してもらうか、または法や社会から見て正当性がなければ、自分の意見が通らないから。

だから一部の「表現の自由戦士」さん達はさ、頼むからちゃんと自分が守ろうとしてるものについて考えてくれ。

ラノベ表紙問題はキモいでもエロいでもなくて

ラノベ表紙問題、自分は「キモさ」や「エロさ」は関係ないと思う。(グロ方向のキモさはさておき)

「暖簾の内側に持ってくべき」表紙は、
①明らかに18歳以下の子供を、性的表現を交えて描いている
②性暴力を売りにした表現が描かれている
の二点だ。

①は、「ロリ」「ロリータ」「○学生」「JS/JC/JK」等の文言がタイトルに含まれていたり、ランドセル、制服、スクール水着等が描かれている表紙だ。制服なのにパンツが見えそうになっている(見えてる)等。児童保護の観点から、これらは少なくとも万人が見れる場所に平置きすべきではない。
※ここで言う児童保護とは、当然、実在しない架空の児童のことではなくて、実際の児童のことだ。建前として、この社会は子供を性的に扱いませんと示すことが重要なのである。

②は、例えば服が破けていたり、首輪手枷足枷が付いていたり、泣き顔、困り顔に性的表現が加えられているもの。感覚が麻痺している人には分かりにくいだろうが、泣いたり困ったり嫌がったりしている表情に性的(扇情的)な表現がくっついているのは、性暴力を表現していることに他ならない。
暴力的性嗜好は、やはり暖簾の内側に置かれるべきだろう。

性が絡んだ表現の自由問題になると必ず「BLはどうなんだ」と持ち出す人がいるが、もちろん性別は関係ない。少なくとも私の観測範囲では、こういった問題に声を上げる殆どの人は、描かれた客体や消費者の性別を区別していない。

じゃあいわゆる健全なエロはどうなのか、と問われるとそこが難しいんだけど。
少なくとも、大人(成人として描かれている・設定が成人)が堂々と(普通に)しているなら、多少肌色が多くても問題ないと思う。全裸は、そこは実在の人間に対する法律の基準と同じ解釈で、暖簾の内側に入ってもらいたい。

大事なのは、共に同じ社会に生きる人間として各々が各々を尊重することで、他者に対するリスペクトがあれば、表現物の仕分けでぶつかることも無いだろう。

慰安婦像は日本が率先して設置するべき

サンフランシスコの慰安婦像について、姉妹都市だった大阪市が撤去しろって言ってるみたいだけどさ、日本側がそんな態度でいる限り、世界中が慰安婦像で埋め尽くされるよ。

慰安婦・強制連行問題で「日本側は賠償したのに、韓国側はいつまでも謝罪を求める」と言う人もいるけど、その認識はおかしいだろ。
慰安婦問題はホロコースト奴隷貿易と一緒で、人類が二度と繰り返してはならない過ちなのに、そのことを理解していない日本人が多すぎる。

あ、日本軍管理下の慰安婦は合意だったとか自発的な売春婦だったから問題ないと思ってる人もいるかもしれないけど、違うからね。そりゃ中にはそういう人もいたかもしれないよ、慰安婦は膨大な数だったから。全てを知って覚悟の上で来ていた女性もいたかもしれない。でもほとんどは不本意で、誰かに騙され、あるいは脅迫され、無理矢理連れてこられた少女だった。そんなのは韓国台湾アジア諸国側のみならず、日本人慰安婦や日本軍側の証言からもわかってることだから、そこに異議がある人はちゃんと調べてね。
「韓国側だけがそう言ってる」んじゃなくて、認識の一致している部分、日本側も認めている部分があるから。

んで、日本だと過ちは謝れば水に流すことになってるけど、そうじゃない。これは謝罪したり賠償すればチャラになる問題じゃない。無かったことにしてはいけないことなんだ。

じゃあ現代の日本人はどうすればいいのか?それは、日本が率先してモニュメントを建てればいいんだよ。

まずアウシュヴィッツ=ビルケナウや原爆ドームと同じように、そこで何が起こったのか、克明に記した資料館を作る。「そこ」って言っても多すぎるから、とりあえず広島や沖縄がふさわしいかな。慰安婦がどんな場所でどんなふうに働かされていたのか再現して、そのブースに入るための行列も再現できる作りにして。慰安婦の声も利用した軍人の声もきちんと展示する。性病や妊娠堕胎の記録も。給料の額を提示してもいい、そしてそこから抜け出すことが可能だったかどうかも。出身地や年齢の統計表も掲示すべきだね。その上で最後に、こんなことは二度と繰り返してはいけない、と結ぶ。
そこに全国の中高生が修学旅行で立ち寄ればいいね。自分と歳の変わらない女の子達がどういう目に遭ったかを知ったら、とても「手厚い保障に高給取りで、皆合意の上だった」を信じることはできないだろう。
もちろん首相や幕僚長は、就任したら皆ここを訪れる。靖国参拝とセットでもいいよ。

次に慰安婦像を作る。サンフランシスコの慰安婦像や少女像とデザインを変えてもいいけど、慰安所を利用している日本兵の像を作る気概はさすがに無いだろうから(痴漢撲滅の広告だって被害者ばかりが描かれるもんね)、そうなるとやはり女性のデザインになるのかな。
それを、かつて慰安所を置いていた各国各都市に頼んで置かせてもらうんだ。
そうすると、「他の国/自分の国だってやっていたよな」という話になってくる。そうなんだよね、他の国もやってたんだよ。戦争や紛争って、老若男女の人権が奪われることが常だから。

そうなってくると、だんだん日本が設置した像の意味が変わってきて、「日本人の悪行」から「旧日本帝国軍の悪行」「かつての人類の蛮行」という見方に移っていくだろう。
それでも日本は日本がやったことを忘れず、後世に語り続ける。無かったことにしない、事実をねじ曲げない、被害者の痛みを軽んじない、絶対に繰り返さない。
今生きてる日本人が、かつての日本人がやったことに対し正しく批判精神を持つことで、ようやく過去と今を切り離して見ることが出来る。

そういう日本人の覚悟、日本社会の空気が醸成されて初めて、被害国の人達は「謝罪を要求」しなくなるんじゃないかな。

今のドイツでホロコーストを無かったことにしようとする、あるいは正当化する奴がいたら、それはもうナチの残党でしょ?日本だって同じだよ。

正直昨今の日本には「帝国陸軍メンタル」が蔓延してる気がしないでもないけど、それも平成で終わらせようよ。

他人の性体験の有無を馬鹿にすな

童貞を馬鹿にする風潮、まだあるよね。処女は崇められる傾向にあるが馬鹿にされることもある。経験者は経験者で、上げられたり下げられたりする。
そんな風潮は平成で終わりにしよう、という真面目な話。

sex (挿入)は本来、子を孕むという結果を伴うものだ。
もちろん結果として妊娠しないこともあるけど、それぞれに子供ができない病気や障害が無い限り、精通後の男性と初潮後〜閉経前の女性が交われば、妊娠の可能性は常に存在する。ピルを飲んでてもゴムをしてても、避妊率100%ということはない。
これは事実であり大前提である。このことに異議がある人はまずいないだろう。

私は純潔主義者ではないが、未婚であれば童貞・処女であることが「標準」であるという考えである。なぜなら未経験は初期状態であり、すべての人がかつては未経験だったからだ。
未婚(婚約状態・事実婚を除く)なのに性交経験(異性間での合意の挿入)があるということが何を意味するかを考えれば、未婚の経験者の方がむしろイレギュラーなのである。
それでは経験者はどのような考えで行為に及んだのか。

女性の場合:
①その年齢で、その相手の子を産んでもいいという覚悟があった(万が一妊娠した場合のことを相手と話し合っていた)
②たとえ相手が認知を拒絶しても、一人親として産み育てる覚悟があった
③堕ろすことも選択肢に入れていた
④大前提を知らなかった(性知識が誤っていた)
⑤妊娠した場合のことは考えてなかった、妊娠してから考えればいいと思っていた、深く考えていなかった

男性の場合:
①その年齢で、その相手と子供に対して責任を取る覚悟があった(万が一妊娠した場合のことを相手と話し合っていた)
②たとえ相手が出産後に親になることを放棄しても、自分は親になる覚悟があった
③堕ろさせることも選択肢に入れていた
④大前提を知らなかった(性知識が誤っていた)
⑤妊娠させた場合のことは考えてなかった、妊娠してから考えればいいと思っていた、深く考えていなかった

いずれも、①・②ならまだ人間として信頼できるのだが、③は事情によりけりとして、それ以降だと信頼に値するとは言い難い。
経験人数が複数人であっも、都度突き詰めて考えることはできる。重要なのは覚悟と、どこまで考えたか(考えていなかったか)である。
決して推奨はできないが、仮に中高生同士であっても、覚悟は出来るはずだ。ただし若ければ若いほどお互い犠牲にするものが多いので、物事をある程度現実的に見通せる年齢に達してなければ、覚悟があっても無責任になってしまう可能性が高いが。

「ヤりたいけど出来ないだけの奴はどうなのか」という意見があるかもしれないが、経験が無いことは初期状態なので、そのことに他人が意味を付与することはできない。たとえば過去に機会はあったが責任は取れないから行為に及ばなかった童貞、あるいは今後機会があったとして行為をしても責任を取るつもりはない童貞がいたとして、その考えに対する是非はあっても、未経験という状態が初期状態であることに変わりは無い。むしろ経験したことに意味が付随してしまうのだ。それは明確に本人の選択の結果だからである。

だからといって、別に経験者の考えや価値観を批評批判しろという話ではない。性体験は本来、非常に個人的で繊細なものだ。他人が良い、悪い、ダサい、キモい、価値がある、価値がない、清潔だ、不潔だ等と評価すべきものではない。
自分のパートナーと価値観を話し合うだけに留めて、他人の性的ステータスで何かをジャッジするのは止めよう。